500歳児日記

エンタメだいすき

スマホ脳を読んだ

最近いろいろな本を読もうとしている。


なんか適当に高校生向けに書かれた法律に関する本を読んでみたり、契約書の読み方の実用書…なんかこのさきに使える知識になったらいいなあって思いながら読んでみた。契約書についてはどうしてあの時借りただろう、って疑問に感じるくらい読み進めていても全く興味が出ず半分ぐらい読んで途中にしたままになっている。

 

最近読んだ本の中で印象に残っているのは「スマホ脳」だった。Twitter(X)の中で見かけたバズったツイートを見てからスマホ脳が気になったのだ。正直、前々からTSUTAYAで新書のコーナーを見るたびにタイトルの名前に惹かれてはいた。しかし、「どうせ現代の人間はスマホのやりすぎだから、昔のような生活に戻るべきだ」という極端な話に持っていかれる話じゃないかと敬遠していた。バズったツイートの内容が興味深くて、勝手に敬遠してしまうのも悪いよな、と思いながら購入してみることにした。

 

内容としては1万年程狩って生活していた人間は現代のスマホを使用する生活に慣れていない、という話だったと思う。私が想像していたよりもスマホは人間の脳にとって魅惑的なものに映っているみたいで、私達がスマホやパソコンに触れて新たな情報を見ている最中はドーパミンがどぱどぱと流れているらしい。触れているだけじゃなく、近くにスマホがあっても駄目みたいで机の上にあるだけで向かい合わせで話している人との会話の興味が削がれてしまうことがあり、大切な人と大切な時間を過ごしたい時には置かないほうが良いようだった。こんな感じにスマホに関する研究結果、SNSに関する事などが書かれていた。

 

さらに本を読んでいてわかったがスマホに限らず、生活に関する私のトラブルは狩りの生活の名残のようだったみたいだった。私が緊張すると吐き気に襲われてしまう。その理由は、胃の中を空っぽにしておくことでいつでも走って逃げ切れるように体が備えてくれているみたいで、全くいらない備えをしてくれている。

また、人間は長期的なストレスに曝されている途中でうつ病になるのではなく、仕事や人間関係など大きなストレスが一段落すると身体を壊してしまうことがある。この事について、過去の人間の生活から理由を導いていた。


この数十年で大きく変わった生活に、これまで地道に進化を遂げてる私達の身体が追いついているわけもないかって思ったんだけど、自分だけ違和感を抱えながら道に逸れることもできない。この本に書かれていたように、しっかりと睡眠や運動、社会的なつながりを大切にしながら身体を大切にしなきゃいけないんだなって思った。

 

生活をしていて「あと10分…」と思いながら何分も触り続けてしまったり、仕事帰りで疲れてしまってもう何をするにも時間が足りないと思った時には真っ先にスマホを触ってしまったりしている。正直、スマホや携帯が普及前の人たちはどうやって生活していたんだろう。私の中でスマホが必要不可欠な存在になっているし、他の人たちだってそうだと思う。スマホに触れていると思い出せないことがあったらすぐにスマホで検索してしまったり、「あっ、あの商品気になるな」って思った時にはTwitterでパブサをかけて他の人の感想を見たり、何も考えずに生活してしまう。少しずつ、自分の行動の理由や思考に言葉で肉付けをして頭を動かしていかなきゃ駄目だなあって改めて思った。

 

最後に、スマホ脳の中にスマホの画面をモノクロにしてみよう」というアドバイスがあったのが記憶に残った。しばらくアドバイスどおり、モノクロにしてみたけれど他人にスマホを見せる時に毎回「今モノクロにしてるんです…」って説明することが恥ずかしいこと、何よりも画面が寂しくて結局1週間続かなかった。もしもスマホを触れる時間を減らしてみたい場合は、モノクロにしてみるといいかもしれないです。

映画「さかなのこ」の感想

映画『さかなのこ』は「ギョギョ!」と語尾につけ、トラフグの帽子をつけている方でお馴染みのさかなクンの半生を俳優ののんさんが演じた作品。監督は『子供はわかってあげない』や『南極料理人』などを手掛けた沖田修一さんで、雰囲気がなんだか似てるなあって思ったらエンドロールを見て驚きました。

映画館で見たかった作品だったのですが、近くでやっておらず泣く泣く見るのを見送った映画でした.最近Netflixに加入し、まさかあるとは思わずみつけたときには嬉しかったです。しかも最近最寄りの水族館の年パスを購入し、魚の美しさを昔よりも感じ取る機会も増えたなあ…と無理やり運命のように感じて観てみることにしました。

 

感想

好きなものを貫くことって難しいし、なかなか理解を得られないこともあるよなあって途中観ていてつらく感じることがありました..でも作風だからか、俳優のちからかなのかわからないんですけどうまい具合に緩和されているように思いました


実際のところ、ミー坊はお父さんや弟には理解を得られていなかったのではないかと思います。(成長した後にミー坊とお母さんは同居していたが、父親と弟の姿は見えなかったため)「魚ばかりではなく勉強もしなきゃいけない」と、ミー坊が寝静まったと思われる時間に両親が話すシーンが印象的でした。好きなものは好きでい続けてもいい、でも勉強をしないといけないと教えるのも一つの愛だしなあって。ずっと母親はミー坊の魚好きを否定することを一度もしませんでしたし、それどころか外の世界を見るように助言するシーンも見えてお母さんの強さを感じました


好きなものに一直線で、性別なんてなくて「さかなのこ」だからこそ冒頭の小学生の頃の話は観ていて「普通の人」とミー坊が違うことが描かれているシーンに歯がゆさを感じました.普通なら男女の仲やゲームとかに興味を持つ頃かもしれませんもんね。それもあって、ミー坊が不良とのつながりの話ですごい温かな気持ちになって思わず笑みがこぼれました。魚好きなのを受け入れてくれる人もちゃんと他にもいるんだなあって。しかも、ミー坊が大人になったあとも不良だった籾山が、ミー坊との出会いから寿司屋を開いていたり、ヒヨがミー坊にフォーカスを当てた番組を制作していたり、地続きに関係があったからこその将来が描かれているのも好きでした。

 

不思議な雰囲気の映画だし、2時間超えなのでなかなか気軽に見れない作品かと思います。でも観終わると不思議と温かな気持ちになりますし、もっとお魚さんのことを知りたいっていう気持ちにもなりました。次のおやすみになったら水族館へ行って、大きなタコを見たいな

 

最後に水族館で見たセンジュナマコちゃん

センジュナマコ

触覚みたいな場所も足らしいです。ナマコっていう名前がついてるけど、ナマコっぽくない。ぷにぷにしているのか気になります。